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地域の人たちを魅了し続ける「下総中山駅のジオラマ」、総武線が黄色くなった頃の風景を伝える

地域の人たちを魅了し続ける「下総中山駅のジオラマ」、総武線が黄色くなった頃の風景を伝える

4/5(水)地域の人たちを魅了し続ける「下総中山駅のジオラマ」、

総武線が黄色くなった頃の風景を伝える

船橋市西部公民館の1階ロビーに「昭和30年~40年代の下総中山駅」と題したジオラマが展示されています。
最初の展示から5年が経過していますが、利用者が足を止め見入っているのをよく目にします。

ジオラマを見てみましょう。
正面に「中山商店会」の大きな看板が目に入ります。その柱には張り紙を剥がした跡が見られます。
駅前を走るバスはボンネット型の京成バスで、行き先表示には「木下駅」と書かれています。

その先に駅舎が見えます。
左側は古い駅舎、右側は増築された臨時改札口で、中山競馬場の開催日に乗降客が多くなることから設けられたそうです。
入り口付近に円柱の郵便ポストや当時珍しかった自動販売機があります。
駅舎内の案内板や売店の新聞・雑誌まで細かく作りこまれています。
さらに改札口を抜けると、ホームと線路、そこを走る車両が並びます。

当時は貨物駅もあり操車用のヤードも併設されていました。
中山競馬場の馬も貨車で運び、トラックに載せ換えていたということです。
ジオラマでは、広大な敷地を有していた頃の下総中山駅が再現されています。


ジオラマを製作した鈴木秀一さん

製作したのは鈴木秀一さん(79)。
ジオラマは2010年に完成し、コンペへの出品、駅や地元のお寺での展示を経て、2014年に郷土資料館に寄贈。
2018年に西部公民館に「出張展示」され現在に至っています。
製作者の鈴木さんを訪ね、改めてその魅力を探りました。

このジオラマのすごさは、駅舎や線路をはじめとした構造物が当時に近い雰囲気で配置されているところです。
鈴木さんは、息子さんに教えられ、その時代の国土地理院の航空写真から図面を起こすところから始めています。

また、駅舎やホームなどは、鈴木さん自身が撮影してきた写真などをもとに、
プラスチック板や木材、ボール紙などで作っていると言います。

長年作り続けてきた縮尺1/80の車両模型の寸法を基準に、
写真に写る構造物の大きさを計算するなどして設計図が引かれています。
「しょせん模型だから適当に作ってるのよ」と鈴木さんは謙遜しますが、
電機会社で設計をしてきた技術を活かして精緻に仕上げられています。

もう一つの魅力は、なんといっても鉄道車両の模型です。
鈴木さんは小学生の頃から模型作りに熱中し、就職後10数年の中断があったもののその後に再開。
『鉄道模型趣味』(機芸出版社)のコンペに応募したり記事を投稿したりしてきました。

賞をとった作品を含めてたくさんの車両がジオラマの線路上に据えられています。
鈴木さんが魅了されて作りこんだものだけに圧倒的な存在感で、今では見られなくなった車両も当時のままです。

 

魅力の三つめは、鈴木さんの遊び心で配置したさまざまな造形物です。
ジオラマ作製のために使った写真にはすべてが写っているわけでなく、少なからぬものが鈴木さんの記憶や想像に基づいています。

売店のある駅舎内のほかにも、自転車に取り付けられたリヤカーの段ボールの山、
焼却場とその周りのゴミ、さまざまな看板や掲示物…、数百点に及ぶ造形物が散りばめられています。

昭和30年~40年代は、鈴木さんが10代から20代にかけての時期で、青春時代に刻まれた記憶が形となっているのです。


砂利を敷設する作業

ジオラマ全体の設計から線路の砂利の一粒一粒に至るまで鈴木さんの人生のつまった作品であることが伝わってきます。

鈴木さんは
「ちょうどこの頃、茶色だった総武線の電車がカナリヤ色に変わってさ、
鉄道マニアだった私に新しい時代を感じさせたんだよね」と語ります。

そうです。このジオラマで描かれているのは、総武線が黄色くなった頃の風景です。

ジオラマの写真は鈴木秀一氏提供。

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